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銀座・数寄屋橋公園「若い時計台」を修復-岡本太郎生誕100周年で

修復を終え、鮮やかによみがえった「若い時計台」

修復を終え、鮮やかによみがえった「若い時計台」

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 銀座・数寄屋橋公園(中央区銀座5)にある岡本太郎作「若い時計台」が6月26日、修復工事を完了した。

修復前の「若い時計台」

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 時計台は1966(昭和41)年、奉仕団体「銀座ライオンズクラブ」から「東京数寄屋橋ライオンズクラブ」が独立したことを記念し、両クラブからの依頼を受けて岡本さんがデザインを担当。当時の数寄屋橋かいわいは「みゆき族」など最先端のファッションや文化が生まれる街として知られる一方で、集まる若者たちの風紀の低下が問題視されていたといい、時計台製作は「青少年の健全育成」が目的だった。

 岡本太郎は同所を訪れて「やたら色、形が混乱した雑踏の場。ひどい」と嘆きながら、「ただすっきりとしたものを作ったって埋もれてしまうだけ。激しいと同時に、静まった、周囲と異質でありながらピタリとあの場所に生きる、彩の濃い象徴を」と構想。円柱スタイルの台から円すい状のオブジェがさまざまなに突き出す全長約8メートルの「若い時計台」を完成させた。

 作品の「顔」となる時計盤は、時間によって指針がまゆ毛、ヒゲなどに見え、夜間は作品全体を赤、黄、青、緑にライトアップ。完成にあたっては、「人間は本来八方に意欲を突き出し、情熱をほとばしらせながら生きたいのだ。時間を超えた時間、機械的でない、人間的な時間を表象したつもり」(1966年「数寄屋橋ライオンズクラブ記念誌」)とコメントを寄せている。

 岡本太郎生誕100年記念事業の一環に位置付ける今回。修復は2001年に続き2度目となり、中央区からの要請を受けて日本美術工芸(町田市)が担当した。修復期間は今月2日~25日で、主にランプ、アクリル板を取り換えて清掃し、角と時計台の土台部分を塗装した。

 鮮やかによみがえった時計台について、中央区環境土木部水とみどりの課長の石田純一さんは「待ち合わせスポットとして多くの方に来ていただける存在になるよう、時計台の維持管理を続けていきたい。今後はライトアップ機能もLED化や点灯方法が変えられるようにしたいと考えている」と話す。

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