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数寄屋橋の一角で56年-「モザイク銀座阪急」閉館、TSビル建て替えへ

最後の営業を終える「モザイク銀座阪急」

最後の営業を終える「モザイク銀座阪急」

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 数寄屋橋交差点の一角で1956(昭和31)年から営業を続けてきた「モザイク銀座阪急(旧・数寄屋橋阪急)」(中央区銀座5)が8月31日、56年の歴史に幕を閉じた。

80年前から数寄屋橋一角を見守ってきた「銀座TSビル」

 同店が核テナントして入る銀座TSビルは、東芝の前身である東京電気が1932(昭和7)年に本社建設用地として購入した同所に、共同建物(現・NREG東芝不動産)が土地を借り受け建設したもの。1934(昭和9)年、清水組(現・清水建設)が建設。当初はマツダビルディングと称し、「数寄屋橋」のたもとにそびえる近代ビルとして知られた。

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 竣工と同時に東京電気が入居し、戦後の一時期を除いて、現・東芝本社ビルが竣工する1984(昭和59)年まで東芝の本社組織の一部が置かれた。大戦中の1943(昭和18)年にはナショナリズムの高まりとともにカナ名「マツダビルディング」を「東芝館」へと改称するなど時代の波を反映。1966(昭和41)年に増築され、地下4階、地上9階、延べ床面積約400万平方メートルを有する現在の姿となった。

 モザイク銀座阪急は1956(昭和31)年、阪急百貨店の東京進出2号店「数寄屋橋阪急」としてオープン。1984(昭和59)年には晴海通りを挟んだ「有楽町マリオン」(千代田区有楽町2)内に「有楽町阪急」が開業し、1995年からは「OLのオフタイムを提案する」数寄屋橋阪急、「オンタイムを提案する」有楽町阪急というコンセプトで百貨店2店舗体制が続いた。

 2004年、数寄屋橋阪急は阪急商業開発に移管され、「モザイク銀座阪急」と改称し専門店館へと業態転換。有楽町阪急は昨年、メンズ館「阪急メンズトーキョー」としてリニューアルオープンを果たしている。

 2007年、東急不動産が東芝不動産(現・NREG東芝不動産)より同ビルを取得し、2009年にはビル建て替えのための立ち退きを求めて阪急商業開発の親会社エイチ・ツー・オーリテイリングなどを提訴。昨年3月に訴訟上の和解が成立したことを受けて、モザイク内の既存テナントの定期建物賃貸契約が満了した8月31日、両者の賃貸借契約が解除された。

 通常の閉店時間から30分遅れた21時30分。最後の来店客を見送ると、鷺谷孝二館長を中心に、各店の店長らがエントランスに集まった。鷺谷館長は通りに向けて「開館以来8年間モザイク銀座阪急を愛してくれたお客さま、銀座の皆さま、ありがとうございました」とあいさつ。付近には50人程度の来街者が集まって、閉まっていくシャッターに向かって激励の拍手を送った。

 来店客の中には、「3~4年前からアウトドアを扱う4階に通うようになった」という40代女性や、「2年前に亡くした母との思い出がつまっている」と話した30代女性、かつて数寄屋橋阪急で働いていたという4人組らの姿もあった。人だかりを見て足を止めた来街者も、「見慣れた」モザイクの閉店を知って「さみしい」と口々に。消灯したシャッターの前で名残惜しそうに撮影する姿が見られた。

 今後、東急不動産は同所への「大型複合ビル」建設へ向け、銀座TSビル解体工事に取り掛かる。新ビルは約3,700平方メートルの敷地に高さ56~66メートル、地上11階、地下5階建ての複合ビルとして竣工予定。着工は2013年4月、完了は2016年1月末を予定する。